満開の桜
- Kiyoshi

- 1月20日
- 読了時間: 4分
更新日:1月25日
大雪がやって来ると言う。1月下旬の早朝、外に出て見ると、ゴーっと唸る風の音がして、粉雪が空中を舞っていた。まるで桜吹雪の様に。
「最近は、雪が降っても、昔みたいに、そんなに積もらないですよね」
僕は、同世代と思われるタクシーの運転手さんに話し掛ける。
「ほやね。今じゃ、昔みたいに、屋根の雪下ろしも、せんでも良いしね」
運転手さんが思っている昔とは、僕と同じ様に、昭和時代の子供の頃迄、遡っているに違いない。除雪車も道路の融雪装置もなかった時代。金沢の街には雪が降り積もり、山の上を歩く様に、道路を歩いた。
蝉が、ミンミン鳴いていた。子供だった僕は、市営グランドの木漏れ日が落ちてくる林の中、昆虫の王国に居た。錘を先端に付けた紙飛行機が、風に揺れる原っぱをバッタと一緒に飛んでいたのは、秋だったんだろうか? 僕の中に、その頃の空間が、鮮やかに蘇ってくる。
そして、春。不思議な事に、僕の中には、子供の頃の春の空間が無い。
思い出せないでいる。有るのは、大人になってからの春の空間だ。それも、絵を再び描き出すようになった、ここ数年の。
唐突だけれど、絵の本質は、空間だと思っている。人が幸せだと感じるのも、空間の中に於いて、である。その幸せな空間を捉まえようと絵を描いた優れた画家が、マティスだ。マティスが、48歳から61歳まで、南仏のニースに移り住んで描いた、柔らかな光溢れる作品群は、見事に、その幸せな空間を捉えている。
あまり他の画家を誉めない、気難しいルノワールが、晩年、マティスに会った際、「君は、黒の使い方が上手いね」と言った。その当時の印象派の画家達は、自分達が描く絵の中に黒を殆ど使用しなかった。絵の明るさ、輝きを失わせる色だと考えていたからなのだが、マティスは、白色と同様に、黒色も巧みに使用し、ほかの色を際立たせ、空間の広がりを描き出したのである。
そのマティスの手腕に、ルノワールは、驚嘆した訳だ。マティスは、ホテルの一室を舞台にして絵を描いたのだが、実際に、その部屋を訪れた新聞記者は、あまりの違いに驚いたと言う。如何に、マティスが、広がる空間を生み出したのかと。
話を元に戻すと、僕の中での春の空間は、やっぱり桜である。それも満開の桜。全国各地、石川県内でも、桜の名所は、沢山あって、何処も素晴らしいと思うけれど、個人的には、金沢城と空をバックにした満開の桜が、好きだ。
父親は、この金沢城の近くにある病院に入院していた。病院を訪れた帰りには、必ず兼六園下のバス停から、この金沢城と空を見上げた。この絵は、父親が亡くなった数年後に描いた。
穏やかな日だった。桜の花びらは、白に、ほんのりとした桜色を載せていた。
満開の桜に彩られた金沢城。その下に広がっている空間。真っすぐ下りていくと、元は、県庁だった「しいのき迎賓館」、そして、「21世紀美術館」に繋がる。
午後5時過ぎ、少女と手を繋いでいる女性は、祖母だろうか? その隣を歩いている女性は、きっと祖母の姉妹だ。少女は、この幸せな空間を忘れない。幸せな空間は、人の心の中に自動保存され、何時か、また鮮やかに蘇って来る。
それにしても、この絵、金沢城の絵にしても、川崎貴代美氏(かわさき画材)のフレーミングが、素晴らしい。金沢城に使用されている額縁は、忍者の雰囲気を漂わせ、この絵では、桜の幹を思わせる。そして、ダブルマット。金沢城の絵では、外側が、画面を締める、しっかりとした「こげ茶」、内側が、金沢城の白、桜の花びらを際立たせる「ベージュ色」。
この絵では、外側が、同じ「こげ茶」系でも、金沢城に使用されているものよりも淡い色を、そして、内側が、ほんのりとした「えんじ色」を載せている柔らかなマット。
これで、ふんわりとしながらも、密度のある絵の空間を浮かび上がらせている。
満開の桜で、好きな場所が他にもある。流れが急で、「男川」と呼ばれる「犀川」と穏やかさで「女川」と呼ばれる「浅野川」だ。
何方も、ペンでラインを描き、水彩絵の具をベースに、最後にオイルパステルで仕上げている。画材は、純粋な色で定評のあるセヌリエ。ピカソやマティス、セザンヌが愛用したものだ。
もう一枚、満開の桜の絵。
2025年5月に初めて、「学びの杜ののいちカレード」で展覧会を行った際に、野々市シリーズと題して、20枚程、野々市に纏わる絵を描いた。これは、御経塚の桜並木の絵。かなり強く描かれている。そして、花びらに金箔を載せた。今にも飛び出して来そうな満開の桜を、キチンと空間の中に収めたフレーミングが冴えている。展覧会で、野々市に住んでいる人達に一番人気があった野々市シリーズの絵だった。








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